悩み、煩悩とは、「人前で緊張するといったかくある事実」とそれに逆らう「人前で緊張するようではだめだとの反抗的な考え」との葛藤です。
人前で緊張するという「自然な事実」が勝つか、人前で緊張するようではだめだとの「反抗的な理知」が勝つか、この争いの結末は常に人前で緊張するという「自然な事実」の勝ちと決まっています。
人前で緊張するようではだめだとの「反抗的な理知」が自らの非を認めて引き下がらないかぎり、この争いはやむことがありません。
苦しみから逃れたいという欲求から、精神的に安楽な状況を求め修養することになりますが、結局、苦痛から逃れられない、「症状はどんなことをしても治らない」という現実との間で長い間悩み続けるわけです。
そこで、やむなく苦痛のままになった時、苦痛をそれほど苦と感じなくなることに気づきます。
苦痛に慣れて、苦痛をあまり苦と感じなくなったからです。
苦痛を苦と感じなくなったことにより、もはや私にとって精神的に安楽な世界は必要でなくなります。
それどころか、「苦の世界」にこそ真の「安楽の世界」があり、私にとって「安住の地」とは「苦の世界」にあると気づくことになります。
毎日を生き生きと暮らす基本は、今持っているありあわせの感情のまま、気分が良くても悪くても一切関係なく、目前のなすべきことをしていくことといえます。
簡単に言えば、「楽しいときは楽しみ、苦しい時は苦しめ」ということです。
「苦しい時、修養や治療をして、楽になれ」と言っているのではないのです。
苦しい時、素直に、苦しいままに苦しむ。
この態度が出来た時、嫌な感情は、同一の感覚に慣れるにしたが って鈍くなり不感となるのです。
これによって、苦痛を苦と感じなくなります。
悩みや症状を克服したいと思っている人は、別名「治そうとする病気」と言われています。
「治そうとするのを止めれば解決する」と先輩から教えられても、それができません。
どうしても治そうとしてしまうのです。
なぜ治そうとする努力がやめられないかというと、今のままでは身の破滅以外にない、自分が駄目になってしまう、社会的にも抹殺される、死ぬ以外にないという強い危機感をもっているからです。
ところで、素直になるというのはどういうことかというと、物事を事実のとおり認める、受け入れる、従うということです。
今の現状を受け入れる、従うとなると、悩んでいる人の場合「自分が社会的に破滅し、死んでいくことを認めなければならない」ことになります。
しかし、これはなかなか受け入れる、従うというわけにはいきません。
そこで自分への執着から抜け出せず、また苦しむことになります。
それではどうしたらよいかというと、全く不本意ながら、やむを得ずその時の事実に従うより他に仕方がないのです。
自分の社会的破滅も、死んでいくこともやむを得ない
と観念し、できないながらも社会人として目の前の仕
事を最低限でも効率的に処理していくよう努めること
です。
これが自然で素直な態度であって、捨て身の態度でもあるわけです。
言葉を変えると、自然の法則に帰依、服従し、因果応報を甘んじて受け入れることです。
自己の境遇を喜んで忍従することです。
体の中の血液循環も、心の中に起こる感情や観念もすべて万有の本性であって、常に自然の法則に支配されています。
夢も偶然の思いつきも、忘却も、執着も、自然の法則に支配され、すべて必ずこれに相当する事情があって、はじめてそうなるものです。
頭痛も、めまいも、煩悩も、恐怖も自然の法則に支配され、必ずそれがあるべきときにあるのです。
私たちは、この自然の法則に勝つことことはできないと知ることが必要なのです。
不可能なこと(=意志 の力で、心の中の不快な感情を取り除くこと)は不可能として、これに服従することが正信なのです。
不快な感情をそのままも持ち続けることが正信なのです。一方、因果の法則を曲げて、不可能なこと(=意志の力で、心の中の不快な感情を取り除くこと)を可能にしようとし、自分で自分の心をあざむき、つくろい、目前の虚偽の安心によって自分を慰めようとするのが迷信です。
「病気が治った。金持ちになった。」との体験談を掲載し、姑息な方法で信者を獲得しようとする迷信だらけの新興宗教が世の中には多く存在します。
朝寝坊のあとの頭重、過食のあとの胃痛を甘んじて受けいれるのが正信であって、梨を「有りの実」といって、金が儲かるかと思い、消化薬をのんで大食いし、十円のさい銭を投げて、神の御利益で株の相場を当てようするが迷信です。
心の中の不快感、恐怖、苦痛は、人間の内なる自然現象であって、自然の法則に支配されているため、自分の意志の力で取り除くことも、そこから逃げることも出来ません。
遠回りのように思えても、不快感や苦痛を取り除こうとするのでなく、そのまま苦しむことが最善の道なのです。
この態度が確立されたとき、先ほど申し上げたとおり、不快感や苦痛といった気分の悪さは、同一の感覚に慣れるにしたがって、あまり苦痛と感じなくなります。
これが私たちの心の事実であり、心の自然の法則なのです。
したがって、私たちにとって、安住の地とは苦の世界にあるのです。


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